セーラー万年筆が誇るスペシャルニブの代表格「長刀研ぎ」。 その研ぎ方から書き方のコツまで、職人に直接聞いてみました。
――今日はスペシャルニブの長刀研ぎを担当している藤川さんにお話を聞いていきます。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします
――セーラー万年筆の万年筆ペン先は、基本的には広島工場(呉市天応)で製造していますが、藤川さんは東京本社で作業をされていますね。具体的にどういった作業をされているんでしょうか?
基本的には長刀研ぎの3字幅(中細・中字・太字)を研ぐのと、修理品対応を行っています。
長刀研ぎ以外のスペシャルニブは機械が何台も必要になるので、そちらは広島工場で担当しています。修理についても、こちらで対応可能なものは私が担当し、より複雑な修理やパーツが必要な場合は広島工場で行います。
毎日出社したらペン先を研ぎ続けていますね。
――今回は、まさに、藤川さんが日々研いでいる長刀研ぎについていろいろ聞きたいのですが、そもそも「長刀研ぎ」とは何か?ということを、見ている皆さんへ改めて紹介しておきます。
【長刀研ぎ】
セーラー万年筆独自のスペシャルニブ。トメ、ハネ、ハライなどが多い漢字を最も美しく筆記するために、ペンを寝かせると太い線が書け、立てると細い線が書けるという特長があります。同じ字幅のスタンダードニブと比べると、長刀研ぎの方が太くなります。「長刀研ぎ」開発の経緯
1911年の創業当時から伝わる長刀研ぎは、戦後万年筆の大量生産化が進みペン先加工も機械化が進むと一時姿を消しましたが、ペン職人小山群一、長原宣義らによりその技は継承されてきました。
1991年頃、お客様の声を参考に「斜めにしても書ける万年筆」を目指し、長原宣義が創業当時の研ぎ方をさらに改良する形で、現代の長刀研ぎとして復活させました。
名前の由来は、武具の長刀(なぎなた、薙刀)から。
※長刀(なぎなた、薙刀)とは:柄先に反りのある刀身を装着した武具のこと。
――ということで、この長刀研ぎは実際にはどのように作られているのですか?
万年筆のペン先にはペンポイントという玉がついていて、これが紙に当たる部分です。このペンポイントをなめらかに研ぐことで筆記面を作っていきます。
見ていただくとお分かりの通り、長刀研ぎはこのペンポイントがスタンダードなものに比べて大きいんです。
スタンダードな字幅の場合は決まった大きさの溝に合わせて研いでいくのに対し、長刀研ぎの場合は通常よりも大きい1.5mmの玉から、研ぎだけで中細・中字・太字を研ぎ分けていきます。
――つまり、長刀研ぎ3種類の字幅は型のようなものに合わせて研ぐのではなく…
職人の手で、丸い玉を一から研いで作っているんです。
スタンダード字幅を研ぐ場合は溝に合わせて研磨するが(左)、長刀研ぎは一から研ぎ出す(右)
――一から研ぎ出しているとなると、研ぐ人によってペン先にも個性が出たりするんでしょうか?
そうですね、目標とする形状は決まっていますが研ぎ方はそれぞれです。わたしは以前「女性的な形のペン先だ」と言われたことがあります。意識したことはありませんが、他の職人よりも丸みのある研ぎ方をしているそうです。
ちなみに、長刀研ぎは現在もブラッシュアップし続けていて、形も昔のものから比べると変わってきています。昔のものはもっと卵型に近くヌラヌラとした書き心地のものでしたが、その分立てたときと寝かせたときの筆記線の変化は現在のものほどはありませんでした。
現在はよりシャープな形状に近づけることで、筆記線の太さにもっと変化が出るようになっています。今後も書き味や書き心地を追求して進化していくかもしれません。
――長刀研ぎは、常によりよい形状を追い求めているわけですね。
藤川さんが長刀研ぎを研ぐ際に心がけていること、気を付けていることなどはありますか?
技術的なお話になりますが、ペン先はペンポイントを付け、鋸割(のこわり)をしてから、ペンポイントを研いでいきます。すごく小さいパーツですので、ほんの少しでも研ぐ面がずれると削ってはいけないところまで削れてしまい筆記面がガタガタになってしまったり、筆記面以外も研がないとほんの少し傾いただけで紙の繊維に引っ掛かったりと、書き味に影響します。
また、文字を書く際にはペン先にわずかな傾きが生まれるので、それでもインクが流れるような形状に研いでいます。特に、尖端の形が最も書き味に影響するので、そこを研ぐときに一番気を遣いますね。
――藤川さんが思う、長刀研ぎの特長について教えてください。
形としては縦に長く、刀の先のように丸みを帯びた三角に近い形状になっているので、ペンを立てて書けば細く、寝かせて書けば太く書けるのが特長です。
尖端にいくほど細く書けるので、ハライなどの表現が出やすいし、筆記角度によってその出方も変わります。その人の書き方によって個性のある面白い字が書けるのが長刀研ぎです。
筆記線と筆圧の強弱によってインクの濃淡もより出やすくなるのも特長だと思います。
――なるほど。よりその人らしい字を表現してくれるのが「長刀研ぎ」なのですね。書く時のコツなどはあるんでしょうか?
全てのペン先に言えることですが、切り割りが当たるように書くのが理想です。万年筆のインクが出てくるのは切り割りですので、ここが紙に当たってないと、かすれたり思ったようにインクが出ないという現象が起こります。
あとは力を入れすぎないこと。ボールペンに慣れて力を入れて書くと、ペン先が開いてインクが出てこなくなってしまいますので、少し寝かせるようにやさしく持つといいですよ。
――せっかくですので、藤川さんが研いだ長刀研ぎで字を書いてみましょう。
――この場にいる3人で書いてみましたが個性が出ますね!筆圧も違うようです。
ハライとかね、結構差がありますね。筆圧で出るインクの濃淡も、万年筆ならではの“味”ですよね。
――最後に、長刀研ぎに興味をお持ちの方、購入を検討されている方にアドバイスなどはありますか?
ぜひ試筆をしていただきたいです。長刀研ぎは私たち職人が一本一本研いでいますので、ほんのわずかですが一本ずつ個性があります。自分の書き癖や書き方にしっくりくる一本をお選びいただけると、作り手としてもうれしいです。
――藤川さん、ありがとうございました!
まとめ
・長刀研ぎは職人が一から研ぎ出す、唯一無二のペン先
・ペンを立てて書けば細く、寝かせて書けば太く書けるのが特長
・書き方によって、その人の字の個性を引き出し魅力的に見せてくれる
・購入時にはぜひ試筆を!
――試筆ができるお店は「取扱店一覧」ページから「スペシャルニブ」を選択すると表示されます。お近くの方はぜひ足を運んでみてください。
伊東屋公式ウェブサイト(https://www.ito-ya.co.jp/)でも、スペシャルニブを手掛ける職人インタビューを掲載いただいております!ぜひご覧ください。
【interview】スペシャルニブ職人 藤川のぞみさん(https://www.ito-ya.co.jp/ext/news/2023/10/005040.html)
【interview】スペシャルニブ職人 屋敷尚紀さん(https://www.ito-ya.co.jp/ext/news/2023/10/005041.html)