セーラー万年筆の歴史は創業者・阪田久五郎と万年筆との出会いから始まりました。
大正14年
呉市浜田町工場全景図と阪田久五郎所主
明治44年
創業当時のペン工場(手動式ペンローラー)
当時はまだモーターがないので手回しであった。
日露戦争後、友人が英国留学土産にくれた万年筆に激しい衝撃を受けた久五郎は、後に『万年筆というものを生まれて初めて見た時の心のときめきは、言葉で言い表せないほどだった。』と語っています。この出会いが原点となり、1911年(明治44)広島県呉市に阪田製作所を創業、万年筆に生涯を捧げることになりました。
当時の日本では未開発の分野だった万年筆製造にいち早く着手し、日本で初めて純国産の14金ペン先を生産します。昭和23年には、プラスチック射出成型で量産する日本最初の万年筆を、さらに昭和29年には他社に先駆けカートリッジ万年筆を開発、特許を取得するなど、市場の最先端を常に切り拓いてきました
この開拓者精神とチャレンジスピリットは、万年筆を始めとするステーショナリー全般を幅広く展開する今も変わりません。時代が進化しても、いつまでも創業者阪田久五郎の「ときめき」を原点に、セーラー万年筆は、文具マーケットの未来を創り続け、挑み続けます。
軍港都市・呉にあり、将来は自らの製品を船によって輸出し、海外に覇を唱えたいという念願と、ひとりの提督より多くの「水兵(セーラー)」が大切だという民主主義的思想を盛り込んで商標を「セーラー」と命名し、錨(いかり)に水兵がまたがっている図柄を作りました。
-「故 阪田久五郎翁略傳」(昭和36年)より
写真は大正9〜10年頃の万年筆。
当時はまだプラスチックの成型技術がなかったため、軸にはエボナイトを使用している。
1949年(昭和24)
当時の価格で250円。この時を境に日本の万年筆は量産体制時代に入る。
1948年(昭和23) 2月9日
業界のトップを切り、国産初のボールペンとして発売された「セーラー・ボール・ポイント・ペン」。当時の価格で300円。都内の百貨店で用意した500本が瞬く間に売りつくされ、ブームの火付け役となった。
1972年(昭和47)
当時の価格で100円。翌年の年賀状シーズンには300万本を完売する大ヒットとなる。生産が間に合わずテレビCMを中止した地区もあったほど。